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Walnut rocking chair
【亀のつぶやき】by DON亀


過去ログの為、掲示板としては動作しません。
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STAR PIECE 日付:2001/08/02(Thu) 02:31 No.60 
暑い日が続きます。皆様お元気にされていますか。
今回は、倉俣史朗氏について書かせていただきます。

最初の出会いは、建築家・安藤忠雄氏のエッセイ集「安藤忠雄の都市彷徨」の中での−東京、虚と実の狭間で−という章でした。「Miss Blanche」と題されたモノクロの小さな椅子の写真でしか作品を知ることができませんでした。もう10年も前のことです。

今年の夏は暑いですが、5年前の夏も殊の外暑かった記憶があります。
独り身の気安さから、ふらりと東京へ赴きました。
夏場の美術館は秋ほどには充実していないことが多いのですが、たまたま品川の原美術館で「倉俣史朗の世界 Shirou Kuramata 1934−1991」という展覧会に出会いました。

倉俣史朗氏とは...、デザイナーという範疇でくくるにはそれは、言い当てていない様な気がします。家具のデザインや店舗の設計、はたまた環境デザインまで活躍のフィールドが広い方でした。
経歴を簡単に。
1934 東京本郷生まれ
1956 桑沢デザイン研究所リビングデザイン科卒
1957 且O愛宣伝課入社
1964 鰹シ屋インテリアデザイン室嘱託
1965 クラマタデザイン事務所設立
1991 2月1日死去

国内のデザイン賞を受賞したり、1990にはフランス文化省芸術文化勲章を受けられています。美術館収蔵作品として「変形の家具(1970)」がパリ装飾美術館とサンフランシスコ近代美術館に、「How High the Moon(1986)」という金属製の椅子がニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館を含む四つの美術館に、「Miss Blanche(1988)」というアクリルの中にバラの造花を鋳込んだ椅子がパリ装飾美術館をはじめ三つの美術館に収蔵されています。

5年前の原美術館での倉俣史朗氏の作品との出会いは、まさしく鳥肌が立つものでした。特に、前述した「Miss Blanche」と題される椅子が5脚置かれた部屋では立ち止まり、暫く動くことができませんでした。
バラの花が舞いながらアクリルの中に封じ込められた、私だけかもしれませんが彼岸を連想させるような空間でした。エットレ・ソットサス氏による構成がそのまま倉俣氏へのオマージュになっているような空間でした。
今、手許に展覧会カタログを引き出し読み返しているところです。
タイトル「STAR PIECE」とは、倉俣氏のイメージスケッチ集とタイトルです。星のかけらとでも訳していいのでしょうか、軽妙な洒落たスケッチ集です。プロダクツになる前のイメージの源泉がうかがえます。

実は、倉俣氏は熊本にもご縁があった方で「くまもとアートポリス」に大甲橋の景観整備の基礎調査のプロジェクトで参加されています。
橋の車道の上を歩道が緩やかなカーブを描きながら覆うという優しいデザインになってます。イメージスケッチ集の中にも「T橋 宙に弧をえがくエキスパンドメタルの遊歩道がある橋(1990)」として掲載されています。そして...、バラの舞うアクリルの椅子「Miss Blanche」の在処を一カ所知っています。それは、内緒です。

DON亀 > 興味のあられる方は、原ミュージアムの倉俣さんのページをご覧になってみませんか。検索でも可能かと思います。今見ましたら1996の展覧会の様子がわかりました。 (8/2-02:58) No.61
宮本 > 私も、何かの雑誌か美術誌で見たことがあります。何故鮮烈にそれを記憶しているかというと、ローマで、貝殻を封じ込めたアクリルの、それは美しい「便座」を見たからです・・。その「椅子」を雑誌で見及んだとき、私も(貴君ほどではないにせよ)つよい波動を受けました。くだんの便座を見たとき、私は、「なんて凄いんだ!」「なんて素敵な視線なんだ!」って、思いました。その経験の、公約数的「まぐわい」だったんです。 (8/2-04:28) No.62
KEN1 > 倉俣史朗氏の作品は、2〜3年前の「アサヒグラフ」?の特集で見たことがあります。確か「夢のつづき」とサブタイトルが付いていたと思います。アクリル椅子の中に、バラの造花を散りばめてある作品を見て、こんな椅子に座ったら、素敵な「バラの香水」に包まれている感じだろうなと思ったものでした。
(8/2-23:38)
No.63
DON亀 > 宮本さん。返信ありがとうございます。倉俣さんを語るには、ドナルド・ジャッド抜きではできません。もう少し詳しく学んでからお知らせしたいと思います。それと誤入力が...「−倉俣氏のイメージスケッチ集のタイトルです。−」送信前に何度か読み返すのですが申し訳ありません。 (8/3-06:25) No.64
DON亀 > KEN1さん。返信ありがとうございます。なかなか鋭い視点ですね。倉俣氏は香水が好きだったそうです。スケッチ集の中にも香水の瓶のスケッチが収められています。「バラの香水」いいですね。 (8/3-06:29) No.65
宮本 > 《報告》コラムタイトルが、30文字まで入力可能になりました。 (8/22-12:40) No.66
宮本 > DON亀氏!秋の候、いかがお過ごしでしょうか。元気?! (10/30-13:19) No.68
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時の調べと女神たち 日付:2001/07/22(Sun) 11:31 No.52 
 ブランクが空いてしまいました。有元利夫氏の続編です。

私自身、この場を借りて宮本さんに感謝申し上げたいのはコラムを書く機会を与えていただいたことで様々な「出会い直し」をさせてもらっていることです。
有元利夫氏に関する本も自宅の書架、実家の書架、職場の書架と散逸していたものが再びこのコラムのために集結しました。「女神たち−美術出版社」「有元利夫全作品−新潮社」「もうひとつの空−新潮社」「美術手帳1984 11月増刊号 具象絵画の現在」「有元利夫展カタログ−西武百貨店1987」「週間グレート・アーティスト ピエロ・デラ・フランチェスカ−同朋舎出版」「ベン・シャーン−講談社 現代美術第1巻」「初期ルネッサンスの魅力−同朋舎出版」「有元利夫展−1996北九州市立美術館」などの本です。

有元利夫氏のプロフィールを簡単に紹介いたしたいと思います。


1946 9月23日、一家の疎開先の岡山県で生まれる。生後3ヶ月半で上京。台東区谷中に転居、以後ほとんどをこの地で過ごす。

1969 浪人の後、東京芸大美術学部デザイン科に入学。

1971 ヨーロッパ旅行。イタリアでフレスコがに触れ深く心を動かされる。その影響として日本の古画、仏画の見直しにつながる。帰国後フレスコ画  と同様の質感を求め、岩絵の具を用い始める。

1973 同大学卒業。卒業制作「私にとってのピエロ・デラ・フランチェスカ」は大学買い上げとなる。電通にデザイナーとして入社。

1976 グループ展、個展を経て電通退社。東京芸大で非常勤講師をしながら画業に専念する生活に入る。

1977 「誕生」が彫刻の森美術館に収蔵される。

1978 安井賞展に「花降る日」「古典」を出品。「花降る日」により第
   21回安井賞特別賞受賞。銅版画集「7つの音楽」発刊。

1980 「室内楽」が東京国立近代美術館に収蔵される。

1981 安井賞展に「室内楽」と「厳格なカノン」を出品。「室内楽」により第24回安井賞受賞。
  
   その後、個展や数々の展覧会に出品。数々の版画集を刊行。
   1983 第2回美術文化振興協会賞受賞。
   1984 第1回日本青年画家優秀賞受賞。

1985 2月24日 逝去。享年38歳。 


全国に沢山いらっしゃる「有元利夫」ファンに対し僭越ですが、浅才の私なりに有元さんの作品について述べさせてもらいます。

音楽をこよなく愛された方でした。バロック音楽です。ご自身も東京芸大在学中は音校にリコーダーを習いに行かれたほどです。タイトルにも音楽に関するものが多いです。

何よりも、絵肌に古さ、新品でなく年を経た様子をいかにして出すか、漂わせるかということに腐心された方でした。岩絵の具を用いたり、テンペラ(絵の具チューブが出現する前の顔料を卵で溶く絵の具です。)で描いたり、画面をワイヤブラシでこすったり、余った絵の具をキャンバスにつけそこからのインスピレーションに導かれたり...。
大学時代のイタリアにおけるフレスコ画との出会いは「啓示」であったようです。

そして、女神たち...。仏画を思わせる豊かなフォルムの女性。エロチックな感じでなく存在です。画面に複数の人物が登場することは初期の作品をのぞいてほとんどありません。一人で登場します。

あと、有元さんの作品を特徴づける要素としては浮遊感があります。雲や花びら、カードなどです。もうひとつ、「覆い隠すこと」袋やカーテンで隠したり女性像のスカートやゆったりした服装も同じことが言えるかもしれません。   

有元さんは、大学在学中にイタリアでフレスコ画に出会い直感的に日本の古画、仏画に回帰しました。耳障りな声高らかな「個性」でなく時代の「様式」に惹かれました。今回このコラムを書くに当たり彼の文章に再び触れることができ考えさせられることがたくさんありました。彼の享年に並ぶ年齢となり若い頃見えなかったもの、わからなかったものが少しずつ見えてきたような気がします。
彼の制作指針の言葉を展覧会のカタログの中で知ることができました。
「雅、放胆、枯淡、稚拙、鈍、省略、不整美、無名色、無造作」です。
彼の様式に対する哲学を見いだします。イタリアで自分の内なる様式に目覚め、バロック音楽に触発されながらそれは純然たるヨーロッパのものでなく、「有元利夫」というフィルターを通しての日本とヨーロッパの融合ではなかったのかなと思います。

学生時代、師匠のK先生が「俺は若い頃、肉をいっぱい食べて、ワインを沢山飲んだらヨーロッパの人間に慣れると思うとったが、やっぱり日本人はヨーロッパの人間になれんのう。」と話されたことが思い出されます。背負ってきた「様式」の違い様々な土台の違いと言うことでしょうか。そんなことも思い返されました。

最近、大分市美術館で彼の作品に偶然出会いました。「遊戯−1977」です。彼と同じ安井賞作家「鴨居玲」氏の隣に作品が掲げてありました。
私は、ずっと有元さんは「絵肌」の古さを出すのに自分の命と引き替えにしてきたのではないかと思ってきました。何事も自分の手作りではないと気が済まなかったそうです。根っからの職人だった様です。
早くに彼岸に逝かれましたがもし存命中なら、今どんな作品を作られていたのでしょうか。そして昨今の「イタリア熱」をどんな風に感じていらしたでしょうか。もしかしたら、彼岸からはにかみながら笑って答えられるかもしれませんね。「古さと様式がいいんだよ。..」

DON亀 > 文字で絵画のことを伝えるのは難しいというか、もどかしいですね。興味のあられる方はステイツに「有元利夫の世界展−1995北九州市立美術館」が預けてあります。ご覧になってください。ネット上ではGoogleで検索されるとかなりでてくると思います。 (7/22-23:48) No.53
KEN1 > 回顧展のカタログをステイツで拝見して、最初に感じたのは仏画の様式でした。仏画というより、インドのミニアチュールに描かれている女性の存在感といったものでしょうか。芸術家+職人気質がなければ描けない「様式美」にとても惹かれます。
(7/22-23:58)
No.55
宮本 > お借りしている画集は、清楚で全く美しく、綺麗に風化していて、「ウフィッツィ」をすぐさま思い出しました。ピエロ・デ・ラ・フランチェスカ、フラ・アンジェリコ、フィリッポ・リッピ・・・あらためて、今、手持ちの画集を見ています。 (7/23-10:09) No.56
DON亀 > KEN1さん、返信ありがとうございます。輪廻転生が本当に存在するならば、誤解を恐れずに言えば有元さんは「仏師」の生まれ変わりだのかもしれないなあと思いました。K先生の言葉、変換ミスで変な文章になってしまいました。日本人は所詮日本人であり、ヨーロッパ人にはなれないと言うことです。大学教授を定年退官されていますので、もう70前です。含蓄のある言葉だと思います。先生の言葉で他に印象に残っているのは、「個性とは消しても消しても、それでも滲みでてくるものが個性なんだ。」というような趣旨の言葉です。個性とは自分を無にして修練に修練を重ねそれでも残るものなのでしょう。どの「道」にも通用しそうな言葉です。 (7/23-23:37) No.57
DON亀 > 宮本さん、返信ありがとうございます。先日はお邪魔しました。いいものとは、何か縁があり、邂逅するものなのでしょう。私にとって今回は新たな出会いがたくさんありました。有元さんの作品たちは時の流れに耐えうる、滋養のあるものかもしれません。有元さんの言葉をかりれば、「普遍性」をたたえているのだと思います。上手な返信になりませんでした。 (7/24-00:10) No.58
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宮崎・綾町の照葉樹林帯のこと 日付:2001/07/07(Sat) 23:16 No.42 
 本来なら今回は「有元利夫」氏の続編と言うところなのですが、私にとってより重要な素材が見つかりましたので、緊急に書かせていただきます。

昨夜、週末恒例の「探偵ナイト・スクープ」を見終えた後、チャンネルを変えていましたら、NEWS23で宮崎・綾町のパン屋さん「パン工房・綾」の小川さんが出ていらっしゃるのを偶然に見かけました。

小川さんは、東京の住まいと仕事を引き払って一家全員で(おじいちゃん、おばあちゃんも)綾町にパン屋として移住された方です。私も縁あって開店間もない1996.5月から数回お邪魔してます。パンはもちろんおいしいです。

小川さんが全国広しといえども、何故綾町を選んだのか?それは、アジアにつながる日本で唯一自然な形で残された照葉樹林を有する町だったからです。それは、手つかずの自然がそのままそっくり現在に残ったわけではありません。

そこには、前町長の郷田 実氏を始めとするいろんな人々の尽力で営林署の杉植林計画を変更させ、照葉樹林帯を残すことができたのです。
たかが、計画変更と思われるかもしれませんが営林署の計画は国策です。農水省管轄の仕事です。それを一地方自治体が中心となって白紙撤回させたこと、そこに意義があります。

郷田さんは、著書「結いの心」の中で述べておられます。戦後しばらくまで綾町は決して豊かな町でなかったこと。
豊かな自然を残しそれを観光資源としました。自然に負荷をかけない企業を誘致し町の財政基盤を確固たるものにされました。全国展開の酒造メーカー「U酒造」です。町には町外から年間100万人の観光客が訪れるそうです。「U酒造」の生産施設に併設されている旅館や観光施設も動員に貢献しているでしょう。その本質は、自然や先人達のくらしを大切にしようという姿勢があるからではないでしょうか。確固たる財政収入をもとに町おこしにもかなり力を入れてます。私も数度訪ねてますがリピーターが多いのではないかと思います。

昨夜のニュースで問題になっていたのは、照葉樹林帯の中に九州電力の送電施設が建設されるということでした。町は九電の環境アセスメントを受けて最終的に判断するとの見解を文書で回答してました。電力供給という一つの町にとらわれない公益性は充分に理解できます。

小川さんがコーナーの最後に言われていた言葉が胸に重く残りました。
「送電線施設が自然に及ぼす影響は小さいだろう。しかし(これまで自然を守り育てた)人々の心が崩れるのが恐ろしい。」

私は縁あって郷田さんのお宅に泊まらせていただいたことがあります。その翌朝、奥様手作りの郷土料理「冷やし汁」をいただきました。
そのあと、郷田さんが孫娘に訥々と「森と海の関係」について語られました。今では一般にも良く理解されていることなのですが森が治水も行い、河口の海藻を繁茂させ豊かな漁場を形成する、と言うことをきちんと説明しておられたのです。その言葉は孫娘にでなく私たち客人に向けられたものだったかもしれません。自分できちんと学ばれてその因果関係をちゃんと知っておられたのです。だからこそ植林計画を撤回されたのです。

綾町の照葉樹林帯のことはもはや一地方自治体すまされないような気もします。今後の行方が気になります。様々な意味に置いて「共生」がキーワードの世の中なのですから....。

KEN1 > DON亀さん、先日お話しいただいた「綾町」の話題ですね。今年は、夏休みとして「綾町」への旅行を計画しております。お酒を頂くのは勿論(冷やし汁も久しぶりです)、素敵な自然を満喫するのが目的です。日本を代表する照葉樹林文化のこれからの成り行きが気になりますね。
(7/8-00:30)
No.43
> KEN1さん、返信有り難うございます。返事が遅くなって申し訳ありません。この夏行かれる予定ですか...。いいですね。私も行きたくなってきました。夏なら日向夏やブドウがおいしいですよね。役場近くの本物センターで地元のおいしいものにたくさん出会えると思います。銘木の産地で碁盤も有名ですね。時間があれば、クラフトの城での陶芸や染色の体験もいいですね。なんてたって照葉大橋とその一帯の森林浴でしょう。是非、小川さんのお店にもよられてみてください。上畑という中心地から少し離れたところにあります。天然酵母を使ってのおいしいパンです。売り切れごめんですので一度お電話されるなりして行った方がよいかもしれません。それと、郷田薬局にも是非お寄りください。医食同源をとなえるおもしろいお店です。小川さん所のパンをこちらでもいただけると思います。お酒に音楽を聴かせる...。今のところ口約束のままですので、是非実現させたいものです。 (7/9-22:24) No.44
宮本 > 生きてゆく、あるいは生活してゆく現代人にとって、電力供給は、空気、水、などとほとんど同レベルになってますよね。自然に及ぼす悪影響は最低限に、もしくは「0」に。人間の生活圏は、潤されていければ・・。そんな虫のいい話が理想なんですが・・。 (7/10-18:56) No.45
> 大分行き、お疲れさまでした。レス有り難うございます。アメリカ・インデアンがバッファローの狩りの頭数を決めるとき、七代あとの子孫のことを考えて決めるという話を、以前聞いたことがあります。約200年後のことを想定してということになりますよね。経済活性の現世御利益も大切ですが、子々孫々のことを考えてと言う視点が欠けているのが今の日本ではないでしょうか。環境問題しかり、国債発行残高しかりです。いろんな意味でターニング・ポイントを迎えているのでしょうね。右肩上がりの人間の暮らしに都合の良い世の中も、この日本ではわずか30年足らずのことと思います。今の状況が当たり前と思うところに怖さがあります。人間も自然の一構成要素にすぎません。錯覚して万能感を持ったときの自然からのしっぺ返しが心配です。今日は少々、シリアスに返事しました。
ところで、日向夏で何かカクテルを作ってほしいのですが、だめですか? (7/11-23:18)
No.46
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私の好きな作家 その1-1 日付:2001/06/29(Fri) 07:08 No.33 
 今回は本来の私のフィールドのコラムを書かせていただきたいと思います。

画家「有元利夫」氏です。1985年に将来を惜しまれながら38歳の若さでなくなりました。

時の堆積を感じさせるようなマチエール。音を感じさせる(静けさまでも感じさせます。)画面。画家が愛した「バロック音楽」そのもののようです。室内音楽のごとくささやくような軽やかさが作品に漂っています。

はじめて、「有元利夫」氏を知ったのは16〜17年前、二十歳前後の学生時代でした。画家の名前の認識はあやふやでしたが、こんな作品を描いてみたいなあと恐れ多い憧れで出会いました。
作家の名前として初めて私に刷り込まれたのは、15年前の夏に就職試験で訪れた大阪の某広告代理店の人事部長面接の時でした。
「君は、アリモト トシオを知っているかね。」との問いに頭の中の回線はうまくつながらず曖昧な返事になってました。
「電通マンから絵描きになった男だけど...。」頭の中で情報を結びつけながらようやく納得しました。「僕の憧れている絵を描く人がアリモト トシオさんなんだ...。」そんな収穫が何よりもうれしかったのを覚えています。

具体的な作品のことは、次回に譲ることとして、有元さんの一周忌後に発行された「もう一つの空−日記と素描−」という本をご紹介します。
一見のんびりとマイペースで制作をされていたかのような有元さんの電通退職後のとまどいや制作についての葛藤や悩みなどが訥々と記されています。その合間に素描や巻末には日本経済新聞に連載されたコラム「存在の不思議 女性像10選」も収められています。新潮社発行です。
興味のある方はご一読ください。 

宮本 > いよいよ、DON亀氏の「フィールド」へ。いろいろ楽しい、真新しい経験が出来ることが、何より楽しみです。「有本利夫」さん、頭にインプットしておいて、出会いを待ちます。ふと、街角の本屋、どこかの美術館とかで。ところで、「マチエール」って、何の事ですか? (6/29-15:34) No.34
> うまく説明できないかもしれませんが「絵肌」と理解していただければ幸いに存じます。 (6/30-01:50) No.35
KEN1 > DON亀さん、いよいよ本領発揮ですね。
有元利夫氏については、バロックを愛した画家というイメージを持っています。
有元利夫氏の絵からは、優しいバロック音楽が聞こえてきそうなイメージを受けます。
一番好きなのは、J・S・バッハ「音楽の捧げもの」(12pieces of BAROQUE MUSIC)という作品です。
その他、「さだめられた日」「花降る日」「7つの音」「忠実な羊飼い」などの作品も素敵ですよね。
詳しくは知らないので、次回のコラムが楽しみです。色々と教えてください。
"時の堆積を感じさせるようなマチエール"とは、素敵な表現ですね。
P.S.東儀秀樹さんが、アルバム「MODE OF RISING SUN」の中の曲「うきぐも」は有元利夫氏へ捧げたと書かれていますね。
(6/30-23:39)
No.37
> KEN1さん返信有り難うございます。東儀秀樹さんの話は初めて知りました。有り難うございます。宮本さんの所に1996年に北九州市美術館で巡回展として行われた没後10年の有元氏の回顧展のカタログをしばらく置いておきます。興味があられたらご一読ください。早めに続編に取りかかりたいと思います。 (7/2-06:35) No.38
宮本 > いい絵でした。落ち着きを取り戻せる、そんな絵。イタリアの古い絵画のような、フレスコのような。「誕生」いいですね。バイオグラフィーの、「没す」が、まるで通りかかった事柄のようでした。「存在」とは、かくありなん、ですね。 (7/2-15:21) No.39
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「金曜の夜の××」 日付:2001/06/22(Fri) 07:20 No.22 
 皆さんは金曜日の夜は、いかがお過ごしですか。週末で、ほっとしたり、休みに向けてワクワクされている方も多いのではないでしょうか。
私の金曜日の夜は大笑いが恒例行事です。これがないと週末を迎えた気がいたしません。私は飲みに出て午前様にならない限り、夜の11時15分にはテレビの前に座っております。大阪朝日放送系列の「探偵ナイトスクープ」を見るためです。横文字で書くと「knight」となっているのがまた何ともいえません。好きなお酒を片手にカミサンと一緒に見るのが習慣になってます。何故って...。心の底から大笑いできるからです。それも邪気のない大笑いです。
ご覧になったことがない方へ解説を一言。探偵局局長の下、優秀な探偵達が視聴者の依頼を受けて調査やひとりでは実現不可能な事への協力、はたまた人捜しなどをする内容です。一回につき3本の報告がなされます。
局長に現在二代目・西田敏行氏、優秀な探偵?として、それこそ「騎士」ならぬ北野誠氏、間寛平氏、桂小枝氏らの面々、秘書に岡部マリさん、顧問にキダタロウ先生、ざこば師匠、主題歌を歌っている円広志氏らです。初代局長は上岡龍太郎氏でしたが芸能界引退のため長きの局長大空位時代がありました。探偵持ち回りの局長代行時代がありましたが昨年末に意表をついて(失礼)西田敏行氏に決まりました。新局長決定もコーナーにするという恐ろしい番組です。
さて、先週は...。(熊本は回遅れです。)押し相撲無敗のおじさんが一度は敗北を味わってみたいと強敵を探偵と一緒に捜すというお話。アメフト部の青年達の勝ち抜き戦は手に汗握りました。そして二本目目は、朝日新聞の投稿を読まれた元保育士の女性が見も知らぬ投稿者の90才のおばあちゃんの願い(以前保母さんをされておりもう一度子どもたちのためにピアノを弾いたり、歌を歌ってみたい。)を叶えるお話。
最後は「たんたん狸の××」の歌を大阪の街の辻でいろんな人からの聞き取り調査でした。
最初は十数年前、週末になにやらけったいな番組がありよるなあ。という気持ちで冷ややかな目で見ておりました。体を張った探偵達の仕事に時にはアホくさと思うこともありました。しかーし、回を重ねて見ていくうち依頼が無理難題であろうとも全力を尽くして実現可能に一歩でも近づこうとする真剣さ、熱意に胸うたれ始めました。なにかしら、最近のこの世知がない世の中で片隅に追いやられている「人のため」がこの番組の中には脈々と息づいていると思います。初代局長上岡龍太郎氏の時にはこてこての大阪発信の番組でした。二代目西田敏行氏に代わり全国区への番組への衣替えの意図がうかがえます。それぞれの出演者のキャラクターが絶妙の塩梅なのです。人の持ち味って大切ですよね。
さて、今日はどんなお話かなあ。今日は職場の飲み会ですがほどほどにして11時15分にはテレビの前に座りたいと思います。あなたも「金曜の夜の笑い」にはまってみませんか。

宮本 > 面白そうな、愉しそうな、ホッとしそうな、そんな番組ですよね。私も何故か、見たことがあります。金曜日の夜の番組なのに。仕事してるハズなんだけどなぁ。その時間帯。私は。 (6/22-11:32) No.23
KEN1 > DON亀さん、今回は、週末のほのぼのした話題ですね。
「探偵ナイトスクープ」、以外と見ている人多いようです。職場でも時々話題となってます。
私は、小枝ちゃんの「パラダイス」ネタがお気に入りで、女房と一緒に笑っています。
熊本にも"パラダイス"ありませんかね?私的には、秋津有楽園なんかそれっぽいと思うのですが。
(6/22-20:19)
No.24
> 宮本さん、レス有り難うございます。もしかしたらお正月特番が今年は昼にあっていたのを、ご覧になったのではないでしょうか。ちなみに、6/22は全国ネットをした記念すべき日でした。 (6/23-22:44) No.25
> KEN1さん、レス有り難うございます。ファンでいらっしゃったのですね。最近印象に残る「パラダイス」ネタがありませんよね...。いいかもしれませんね。自分で依頼できないかと虎視眈々と考えているのですが...。 (6/23-22:48) No.26
ファンの一人 > 次回も楽しみにしております! (6/26-21:58) No.31
> レス有り難うございます。私ごときにもったいないお言葉です。今後ともご愛読よろしくお願いいたします。 (6/27-23:51) No.32
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「ささやかなマイブーム」 日付:2001/06/15(Fri) 06:53 No.15 
 宮本さん、いよいよ始まりましたね。私のようなものにコラム発表の場を与えていただき有り難うございます。読者のみなさん、宜しくお願いいたします。亀のようにのろくとも確実に、そして息長くコラムを書かせていただきたいと思います。
 さて、今回は私が最近はまっているHPの紹介をしたいと思います。
それは、「マサヒロチャンネル」です。ポップでかわいいイラストのキャラクターの楽しい世界です。
 出会いは...。6月9日夕方、熊本市西辛島町の大正時代の建物である後藤商店でした。知り合いが楽器の演奏をすると言うことで足を運びました。いろんなブースがありまして、焼き物の販売コーナーや野菜販売、生活雑貨等々。左手奥に、しきりの向こうにどこか隔離(失礼)されたようにして若者のブースがありました。最初私は、少し胡散臭そうに眺めておりました。そんな私に、100円のガチャダマを勧める女の子がいましたのでやってみました。あれって楽しいですよね。子供の頃は10円だったかなあ。あけるまで何が入っているかわからず、封を切る瞬間わくわくして...。最近はちびっ子の娘達に「おじゃる丸」のマグネットを何度か買ってあげたことがあったので抵抗なくできました。ガチャダマのなかから出てきたマグネットシートにはかわいいキャラクターがついてました。次の用件もありましたので急いでいる様子を察知してか売り子の女の子がHPのアドレスがついた紙袋(これがまた露店ぽくてよい)に入れてくれました。
 家に帰りHPを訪ねてみたら、かわいいこと、楽しいこと。マグネットシートのキャラクターも娘達がすっかり気に入りました。
後藤商店で女の子の隣にいた青年が「マサヒロ」さんだったのでしょう。しきりのあるサウナ状態のブースに座っていた彼らを思い浮かべると、何か胸が熱くなってきて、ああ俺たちにも何かに取り憑かれた様に夢中になって追いかける日々があったなあ、とちょっぴり彼らの行動力をうらやましくも思ったり、懐かしい気持ちになりました。
とにかくかわいいキャラクターで一杯です。HPの構成もなかなかしっかりしています。Yahoo!やGoogleでも「マサヒロチャンネル」で検索ができます。よろしかったら、一度足をお運びください。私はお気に入り登録をしました。それでは、本日はこの辺で...。
今後とも末永くおつき合いのほど、宜しくお願いいたします。 DON亀



宮本 > よーし、早速便乗して追体験だ!「ガチャダマ」、あの、プラスティックで出来た、丸いヤツですか?最近見てないなぁ。 (6/15-09:26) No.16
> ちなみに、私がやったガチャダマ機は、下通の某アイスクリーム屋さんに設置してあるそうです。ご参考まで...。 (6/15-21:53) No.17
KEN1 > DON亀さんへ。事故レスです。マンションの配電盤から出火し、突然停電してため、レスが妙な塩梅になってしまいました。NO.18とNO.19を削除してください。以下にちゃんとしたレスを載せておきます。ご迷惑駆けました。

DON亀さん、コラム・デビューおめでとうございます。「ガチャダマ」、私は昔から「ガチャポン」と呼んでいました。子どもの頃はまりましたね。実を言えば、高校生の頃、ガンダムのガチャポンを集めた経歴があり、その頃のアイテムはプレミアが付いているようです。「おじゃる丸」いいですよね。私は、「電ボ」はもちろん、「アオベエ・アカネ・キスケ」三人の子鬼たちも大好きです。「キーくん、ヒヨコじゃないっピー!」すみませんマニアックなところを見せてしまいました...。貧乏神も可愛いですよね。今後も素敵なコラムを楽しみにしています。
(6/17-00:30)
No.20
> KEN1さん、レスが大変遅くなり申し訳ありません。「おじゃる丸」ほのぼのとしていいですよね。あの時間帯のNHK番組はあなどれませんね。私は「ハッチぽっち」のファンでもありましてグッチさんの偉大さをあらためて認識いたしました。とにかく、音楽センスにはなかされます...。 (6/23-23:13) No.27
宮本 > あー、ハッチポッチステーション!「トランク」なんて良い奴。「スマイリー高田」スラップスティックなあの男。「ダイヤさん」憎めない・・。私があの番組に惹かれたのは、「誰に発信しているのか」わからないところです。 (6/24-10:21) No.28
> 宮本さーん。レス有り難うございまーす。宮本さんの疑問に答えるのにうってつけの新聞記事を見つけました。6/23(土)の日経新聞のNIKKEIプラス1の15面に「大人も取り込む子供番組の裏側」というのがあるのでよ。かいつまんで申しますと、「ハッチポッチ」のエグ・P、近藤康弘さんは、70年代前半にNHK「ヤング・ミュージック・ショウ」を担当されていたそうで「音楽番組の経験を生かし、そろそろ違うものをやりたかった。」とのこと。「おじゃる丸」に関しても、映画「柳生一族の陰謀」の中の雅言葉で悪事をたくらむ成田三樹夫さん扮する公家の「まろは...。」にあったとは初めて知りました。恐れ入りやの鬼子母神。

(6/25-23:57)
No.29
宮本 > んー、凄い!ますます。全く人類の宝です。世界遺産にかなり、近いなぁ。 (6/26-07:35) No.30
> 緊急情報!ガチャダマはブルーシールにあるらしい。以上 (7/5-22:52) No.40
> T-シャツもあるよ。僕はほしいなあ。

(7/14-01:33)
No.47
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